2004年8月26日にCRD協会顧問である青山秀明氏(京都大学大学院理学研究科教授)と山下智志氏(統計数理研究所助教授)を講師に迎え、第一回CRD研究会が開催された。青山秀明教授は「企業の発展と変動の現象論 ―大企業から中小企業まで―」と題して、CRDデータを分析した研究成果を報告された。青山教授は新しい分野である経済物理学の見地よりCRDの大量のデータを分析され、報告の中では零細企業の特殊性について指摘している。山下智志助教授は「Reduced Formを用いたLGDと信用相関の推計」と題して、先進的な問題である倒産時損失率の推計の研究成果について報告された。LGD推計は非常に複雑であるといわれているが、山下助教授はその推計方法に関して大きな成果を挙げている。
2005年6月1日に渡辺努氏(一橋大学経済研究所教授)と胥鵬氏(法政大学経済学部教授)を講師に迎え、第二回CRD研究会が開催された。両報告ともCRDに蓄積されている大量の中小企業データを利用した研究である。
渡辺教授は「中小企業向け融資のプライシングについて」と題して、細野薫氏(学習院大学経済学部教授)、澤田充氏(名古屋学院大学経済学部講師)との共同研究を報告された。澤田・細野・渡辺論文は、日本の金融機関のプライシング(金利設定)は不適切であるという指摘は正しいのか、という問題意識に基づき分析を行っている。CRDデータを分析した結果、金融機関の金利設定が将来の業績を織り込んで行われていることを示し、企業の業績が一時的に悪化しても金利を上げることはしないという「平準化仮説」を支持している。また、業績回復の見込みのない企業に対して低い金利を提示することにより、延命をはかっているという「ゾンビ仮説」を強く示唆する事実は見出せず、金融機関の金利設定が合理的に行われていることを示唆している。論文は2005年6月の時点では未定稿であるが、経済産業研究所の植杉威一郎氏による論文(「日本の企業金融は非効率的か-中小企業の金利に基づく検証-」RIETI Policy Analysis Paper シリーズ)に詳しい概要が掲載されている。 植杉氏の論文は経済産業研究所ホームページよりダウンロードできる。
胥教授は「債務超過企業の生存期間と債権者の行動について」と題して、鶴田大輔(政策研究大学院大学助手・CRD協会非常勤研究員)との共同研究を報告された。胥・鶴田論文では、銀行と取引先企業の行動の違いに着目し、経営危機(複数期債務超過経常赤字)に陥った中小企業の法的破綻確率について分析している。取引先企業の債権は原則的に無担保であり、卓越した情報獲得能力を有するなどの理由から、取引先企業は経営危機に陥った企業の債権をより早く引き上げるインセンティブを持つ。CRDデータを分析した結果、企業間信用比率が高い、もしくは買入債務の減少率が高い中小企業ほど、法的破綻を選択する確率が高くなることを示しており、取引先などの債権者は企業の信用度の変化に対して敏感に反応することを示唆している。胥・鶴田論文についても2005年6月の時点では未定稿である。今後は法と経済学会全国大会、日本経済学会秋季大会などで研究発表を行う予定である。
2005年10月27日に安田武彦氏(東洋大学経済学部教授)と植杉威一郎氏(経済産業研究所研究員)を講師に迎え、第三回CRD研究会が開催された。
安田教授は「創業動機と創業後のパフォーマンス-直接的及び間接的影響の分析- (創業者のうち、誰が流動性制約下に置かれているのか)」と題して報告された。安田論文は中小企業庁の「創業環境実態調査」個票データを利用して、金融機関の融資と創業後の企業成長の関係を分析している。分析の結果、起業家が1)若年齢である、2)低学歴である、3)親が経営者ではない、4)独立型創業である、という4ケースでは金融機関からの融資を受けにくく、開業資金規模が小さくなる一方、特定の開業規模を前提としたパフォーマンスはその他の創業のケースと変わらないことが明らかになった。開業資金規模は創業後のパフォーマンスに影響を与えるため、これらの結果は前述した4タイプの起業家のパフォーマンスが金融機関の融資態度により阻害されていることを示唆している。
植杉氏は「企業年齢によって金利はどう変化するのか-CRDを用いた実証分析」と題して、渡辺努氏(一橋大学経済研究所教授)、坂井功治氏(一橋大学大学院博士課程)との共同研究を報告された。この報告では、年齢の増加に従い質の低い企業が選別される面(淘汰)と、存続企業が行動を変化させる面(適応)に分け、企業年齢と借入金利の関係を分析している。CRDの20万社以上のサンプルをパネルデータ化し、企業のライフサイクルと金融変数との関係を網羅的に扱う点で、他国にも例を見ない分析となっている。主な結果は以下の3点である。
本報告の英語論文(“Firm Age and the Evolution of Borrowing Costs: Evidence from Japanese Small Firms")は9月に開催された経済産業研究所の企業金融研究会ワークショップにて発表され、近日中に経済産業研究所のディスカッションペーパーとして公表予定である。なお、企業金融研究会の成果については以下のホームページよりダウンロードできる。
2006年10月13日に深尾京司氏(一橋大学経済研究所教授)と鹿野嘉昭氏(同志社大学経済学部教授・CRD協会非常勤研究員)を講師に迎え、第四回CRD研究会が開催された。
深尾教授は「非製造業における企業の淘汰と生産性の上昇:JIPミクロデータベースによる実証分析」と題して、金榮愨氏(一橋大学大学院)、権赫旭氏(日本大学経済学部講師)との共同研究を報告された。本論文はCRD、政策投資銀行データベース、JADE、帝国データバンクの倒産データを統合した「JIP2006データベース」を構築し、90年代後半から2000年代前半の日本の非製造業の労働生産性を推計している。得られた結果は以下のとおりである。
深尾教授の報告に関連して、川上淳之氏(学習院大学大学院)から「低賃金国からの輸入競合と小規模企業における企業間格差:『中小企業信用リスク情報データベース』に基づく実証分析」(伊藤恵子専修大学助教授との共同研究)の報告も行われた。本論文は低所得国からの輸入の拡大や海外生産の拡大に焦点を当て、これらの要因が企業間格差を拡大させる要因となっているのかどうかを検証している。分析の結果は以下のとおりである。
鹿野教授は「CRDデータベースからみた日本の中小企業金融の姿」と題して最近の研究成果を報告された。本報告は、CRDを用いて日本の中小企業の財務構造面での特色を浮かび上がらせるとともに、21 世紀の時代にふさわしい中小企業政策のあり方について検討しようとするものである。CRDに基づき日本の中小企業の平均的な姿を捉えると(中央値基準)、従業員数6 人、売上高1億25 百万円、総資産残高84 百万円、資本金10 百万円ということが確認された。それゆえ、日本の中小企業は通常考えられているよりもはるかに規模が小さい、あるいは零細企業がきわめて多いことが判明した。そして、CRDの分析結果からは、日本の中小企業の経営財務面での特徴として、次のような事実が確認された。
2008年5月12日に小野有人氏(みずほ総合研究所上席主任研究員)と齊藤有希子氏(一橋大学特任准教授・富士通総研上級研究員)を講師に迎え、第五回CRD研究会が開催された。両報告の概要は以下の通りである。
小野氏は「中小企業金融における担保・保証の役割 ~ 決定要因と企業パフォーマンスへの影響 ~」と題して、植杉威一郎氏(一橋大学経済研究所准教授)、坂井功治氏(一橋大学大学院経済学研究科)との共同研究を報告した。小野氏らの研究は、担保・保証は中小企業金融においてどのような役割を果たしているのか、という問題意識に基づき分析を行っている。中小企業庁が中小企業に対して行ったアンケート調査を分析した結果、以下の点が明らかになった。第一に担保を提供する企業は、メインバンクとの取引年数が長く、取引サービス数が多い。また、メインバンクへの資料提出頻度も多い。これは、担保によりメインバンク債権が実質的に優先されていることが、モニタリング活動やリレーションシップ構築に対する「報酬」として機能しているためと解釈できる。第二に、担保を提供した企業の融資実行後の企業パフォーマンス(収益性、安全性)は改善する傾向にある。他方で、担保を提供した企業の資金アベイラビリティの改善や、メインバンクによるモニタリングの強化は観察されない。これらの結果は、担保によって借り手のモラルハザードが抑制されたことが、企業パフォーマンスの改善につながったことを示唆している。
齊藤氏は「企業成長の条件 ~どのように成長軌道に乗ることが出来るのか~」と題して、CRD、東京商工リサーチに蓄積されている中小企業データ分析した研究を報告した。本報告は第一に、中小企業はどのように成長軌道に乗ることができるのか、特に過去の成長の軌跡にどのように依存しているのか、第二に自然淘汰機能は正常に働いているのか、という点に注目して分析を行っている。一番目の問題意識について、CRD蓄積データを分析した結果、企業成長には過去依存性があり成長企業は幸運の積み重ねの結果でない、また、企業が成長軌道に乗るために規模の閾値をこえることが重要である、という点が明らかになった。これらの点は企業内部の蓄積(経営資源、技術)、外部関係の蓄積(金融機関や取引先との関係、レピュテーションなど)が正のフィードバック効果を生み出している可能性があることを示唆している。また、二番目の問題意識について、東京商工リサーチに蓄積されているデータを分析した結果、企業の収益性、成長性、財務状況のいずれの観点からみても、市場の自然淘汰機能は働いていることが明らかになった。